離人症に関する集めた知識

このページでは、私が自分が離人症であることが分かってから、急遽いそいでかき集めた離人症に関する知識をざっとピックアップしたものであります。


離人症が登場する小説、映画

・大岡昇平 「野火」

 「野火」は、太平洋戦争中、戦場で人肉を食べるという体験をしてしまう兵隊さんが、離人症を発症する、という内容の話です。

 「自分を傍観する、もう一人の自分がいる???」

 という不気味な感覚がうまく表現されていますが、もともとは、戦争がメインテーマの作品ですので、離人症については、後半になってようやく解説がでてきます。
 この小説の主人公は、どちらかというと、純粋な離人症というよりも、重度の解離性障害と見てよいでしょう。解離性健忘(部分的な記憶喪失)や、自分という人格が分裂していく事の恐怖がメインですので

・太宰 治 「トカトントン」

 
「トカトントン」は直接、離人感という名前は登場しませんが、内容自体は、まさしく離人症そのものです。

 「トカトントン」は、太宰治がある読者から届いた手紙を元に、書いたとされる短編小説で、戦後すぐに発表されました。

 トカトントンの主人公は26歳、昭和20年、日本の敗戦をきっかけに離人症を発症し、それ以来、その、敗戦のショックを思い出すたびに、物事に対して、現実感を喪失してしまい、何もかもがバカらしくなってしまう、という奇妙な現象に悩まされてしまいます。
 書き手の太宰治自体は、離人症の事を知らなかったと見えて、これを「きどった苦悩ですね」と、軽く扱って終わってしまうのですが、しかし、その離人症に関する描写は、実に見事なものでした。おそらく、昭和20年の日本人は、皆、敗戦のショックによって、離人感に近い出来事を体験していたと見えまして、この小説は、なかなか好評であったようです。

 以下、本文より抜粋。

 ああ、その時です。背後の兵舎のほうから、誰やら金槌かなづちくぎを打つ音が、かすかに、トカトントンと聞えました。それを聞いたとたんに、眼からうろこが落ちるとはあんな時の感じを言うのでしょうか、悲壮も厳粛も一瞬のうちに消え、私はきものから離れたように、きょろりとなり、なんともどうにも白々しい気持で、夏の真昼の砂原を眺め見渡し、私には如何いかなる感慨も、何も一つも有りませんでした。

 と言っても決して、
兇暴きょうぼうな発作などを起すというわけではありません。その反対です。何か物事に感激し、奮い立とうとすると、どこからとも無く、幽かに、トカトントンとあの金槌の音が聞えて来て、とたんに私はきょろりとなり、眼前の風景がまるでもう一変してしまって、映写がふっと中絶してあとにはただ純白のスクリンだけが残り、それをまじまじと眺めているような、何ともはかない、ばからしい気持になるのです。

「まだお前は、どこか、からだ工合がわるいのか」
 と伯父の局長に聞かれても薄笑いして、
「どこも悪くない。神経衰弱かも知れん」
 と答えます。
「そうだ、そうだ」と伯父は得意そうに、「俺もそうにらんでいた。お前は頭が悪いくせに、むずかしい本を読むからそうなる。俺やお前のように、頭の悪い男は、むずかしい事を考えないようにするのがいいのだ」と言って笑い、私も苦笑しました。

 いったい、あの音はなんでしょう。
虚無ニヒルなどと簡単に片づけられそうもないんです。あのトカトントンの幻聴は、虚無ニヒルをさえ打ちこわしてしまうのです。

 もう、この頃では、あのトカトントンが、いよいよ頻繁に聞え、新聞をひろげて、新憲法を一条一条熟読しようとすると、トカトントン、局の人事に就いて伯父から相談を掛けられ、名案がふっと胸に浮んでも、トカトントン、あなたの小説を読もうとしても、トカトントン、こないだこの部落に火事があって起きて火事場に駈けつけようとして、トカトントン、伯父のお相手で、晩ごはんの時お酒を飲んで、も少し飲んでみようかと思って、トカトントン、もう気が狂ってしまっているのではなかろうかと思って、これもトカトントン、自殺を考え、トカトントン。
「人生というのは、一口に言ったら、なんですか」
 と私は昨夜、伯父の晩酌の相手をしながら、ふざけた口調で尋ねてみました。
「人生、それはわからん。しかし、世の中は、色と慾さ」
 案外の名答だと思いました。

 教えて下さい。この音は、なんでしょう。そうして、この音からのがれるには、どうしたらいいのでしょう。私はいま、実際、この音のために身動きが出来なくなっています。どうか、ご返事を下さい。


 私は、高校生のときに太宰治にはまりまして、全集を読みましたが、特にこのトカトントンは、自分の体験と非常に良く似ていたので、印象深く覚えていました。
 今となって、読み返して見ますと、まさしくこの小説の内容は、離人症の発症を体験した患者のショックを明確にしるした小説として見る事ができます。
 残念ながら、太宰治が、離人症の事に詳しくなかったため、離人症から回復するにはどうすればよいのかはちゃんと書いてありませんが、しかし、離人症の事が気になる方には、ぜひとも読んで欲しい小説です。


専門書

・覚 慶悟 「離人症日記」

 現在、日本で唯一の、離人症に関する患者の体験談です。
 この著者は、もともとは、鬱を発症して自殺未遂などを経て、後、離人症にたどり着いたので、年齢も高く、典型的な離人症のパターンとはやや異なりますが、参考になるところは多々あります。
 何よりも、離人症という言葉がタイトルについていることが大きいです。この本以外に、離人症がタイトルについている本は、今のところ日本には存在しないようです。


離人症に関する知識あれこれ

・ある本によると、慢性的な離人症は、全人口の0,4パーセントと書いてありまして、つまり、これは、250人に1人くらいの人が体験する出来事のようです。
・ミクシイのコミュニティで検索をしますと、「鬱」が13500件ヒット、統合失調症が4200件ヒット、離人症が1600件ヒットするというデータが出てきます。やはり、まだまだ、マイナーな神経症であることには間違いないようです。
・平均発症年齢は16歳、女性に多く、女性のほうが男性よりも倍近く離人症にかかりやすい。
・若い人に多い状態で、40代以上でなる人は稀。
・また、ネットの掲示板を読みますと、4歳とか5歳とか、物心ついた時にすでに、離人状態だった人もいるらしいです。
・突然はじまることもあれば、徐々に来るパターンもあるようで、何か大きなトラウマのショックから起きることが多いようです。
・うつ病や統合失調症の前触れにとして起きるケースが多く、純粋な離人症患者は稀れとの事。


離人症は、解離性障害に分類される

 精神医学的には、離人症という症状は、解離性障害のグループに分類されます。

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